仙台 国文町
仙台に出張してきました。
初めての仙台でした。
夜は国文町に行きました。
呼び込みが多く、地方都市ではまずらしく景気のよさを感じました。
ニュースでも何度か取り上げられていますが、仙台は復興で元気なのだと感じました。
この景気がずーっと続くといいなと思います。復興だけでなく、長続きする景気になればと願います。
福島も元気になればと願います。
そして、日本全体が元気になればうれしいです。
仙台に出張してきました。
初めての仙台でした。
夜は国文町に行きました。
呼び込みが多く、地方都市ではまずらしく景気のよさを感じました。
ニュースでも何度か取り上げられていますが、仙台は復興で元気なのだと感じました。
この景気がずーっと続くといいなと思います。復興だけでなく、長続きする景気になればと願います。
福島も元気になればと願います。
そして、日本全体が元気になればうれしいです。
関が原に行ってきました。出張で大垣に行く予定があり、その日の午前中はフリーであったので、その時間を利用して関が原に行ってきた。
大垣から電車で15分ぐらいで関が原駅。町の名前も関が原町。1600年に天下分け目の戦いが行われた関が原に足を踏み入れたが、見学者や観光客はだれもいない。ほかの田舎と同じなのか?と疑問に思いつつも、駅で観光用パンフをもらって徒歩で出発。
まずは、松平忠吉、井伊直政の陣地へ。関が原の口火を切った陣地だ。その隣に首塚。ちょっと恐ろしい気を感じた。
その後、町の歴史館に寄ろうとおもったが月曜日は定休日。毎日開館してほしい施設だ。
それから徒歩で10分ぐらい。石田三成陣地の笹尾山へ。山の頂上に上ると関が原を一望できるとても眺めのよい場所。石田三成はここから、徳川家康の動きや小早川の動きを見てびっくりというかどういうこと?現実を理解できない状況に陥ったのではないだろうか?と思える場所だった。それほど見渡せる、先頭指揮をとるにはよい場所だった。この場所にたって1600円に関が原の戦いが行われた場所に自分がいることに不思議さを感じつつ、気を感じた。
その後、島津家の陣地を通り、駅に戻った。
各陣地は整備され、案内を分かりやすくなっていた。1600年に歴史を左右する戦いがおこわなれた場所になぜ客は少ないのか不思議に思う。よく表現できないが、歴史を肌で感じることができる場所であり、先人を学ぶよい機会だと思った。
岐阜大垣のソフトピアジャパンを見学したあとにバスで大垣駅に行くときにバスの運転手さんととても楽しい話ができた。
バスの運転手さんが「5月まで働いて、その後独立するんです。近くで「大吉」をはじめます。男なら人生のうちにやりたいことをやらないと。そしてネットワークを大きくしないと」といっておりました。
私もフリーになった間もないので、この話には共感しました。バスの運転手さんは長距離バスの運転をがんばって行い、開業資金をためたそうです。一歩一歩着実に自己実現に向けて進んでいるのだと思い関心しました。
私は仕事は安定し、名古屋に出張する期間があったならば、運転手さんのお店に行きお酒を飲みたいです。でもどこでお店をオープンするのか聞くことを忘れてしまいました。もし運転手さんがこのブログを読みましたらぜひコメントをいただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
じゃんけんに必ず勝つソフトウェアがあるそうです。統計推理研究所で開発した「スタッツ」。これは統計的に相手のじゃんけんの手順を学習するソフトウェアだそうです。このソフトに人間が勝つのは至難のようです。
理由は、人はある考えに沿ってじゃんけんするそうなので、必ずじゃんけんの癖(ルール)があるそうです。例えば、グー、グーの後はチョキなど。「スタッツ」はこのルールを学習ししてまうようです。なので人間に勝つそうです。
「スタッツ」に勝つには、頭をまっさらにしてじゃんけんをすること、まったく考えないでじゃんけんをすることがポイントだそうです。つまり、ランダムにじゃんけんすること。しかし、人間はランダムにじゃんけんすることはできないそうです。ランダムにやろうと思ってもどこかでルールができてしまうそうです。結果的に「スタッツ」には負けるようです。
言い換えると、人間はルールに基づいて行動(特定の動作)しているということが言えます。探し物をしているときには、そのような動作、好きな人にアピールするときにはそのような動作、悪いことをしようとしているときにはそのような動作をしているといえます。
私は、IT技術を使って人の特定の動作の解析を行っています。人間はランダムなことを行うことはできないため、かならず特定の動作を行います。これをコンピュータで認識できれば人に役立つことがたくさんできると思います。
日立さくらロードレースのハーフマラソンに参加しました。
ハーフは初めて挑戦しました。大学生のころに3回ほどフルを走りました。フルを走った経験があったため、ハーフは走れるだろうと思っていましたが、とてもとても疲れました。
およそ20年前と今ではこんなに体力が違うのか?とびっくりしました。
記録も2時間超。残念でした。
昨年は震災の影響でさくらロードレースが開催されませんでしたが、今年は2年ぶりに開催。さくらはつぼみでしたが、天気よく、日立バイパス(海の上の道路)を気持ちよく走ることができました。景色は最高。これで体力があればさらに最高でした。残念ながら風向きが向かい風になったとたん歩いてしまいました。
来年は練習して大会に臨みたいと思います。来年はさくらが咲いているとよいなと思います。
画像認識システムをお客様に提案し、デモンストレーションを行った。
その結果により、OKならば、本日契約という予定だった。
結論は契約成立せず、次回に再度チャレンジすることに。
今回の画像認識システムは、私も経験していない領域に導入するものだ。
私もお客も、私とともにお客さんを見つけたお客も、具体的なシステムの運用方法が見えていない状況での説明となったが、お客の満足できる検知ができなかったため、契約は持ち越し。
実際には検知ができていたのだが、私の目標とする人との情報共有ができず、お客に誤解を与えてしまったようだ。反省します。きちんと説明しなければ。
しかし、新しい分野に導入するにはお客がイメージできなければ信頼されない。難しいことである。このシステムを導入することにより、どんな運用ができて、どんなメリットがあるのか私自身も明確にしなければお客も不安になってしまう。
今後は具体化できるレベルにし、お客に不安を与えないようにしたい。
昨日3月22日のTV東京カンブリア宮殿でマクドナルド社長原田さんの実績が報道されていた。私は一部しか見ていないがとても興味のある話だった。
マクドナルドはデフレの王者といわれるぐらいデフレ期に価格を下げてお客をたくさん引き付けた。ハンバーガーが50円ぐらいになったと思う。しかし、その後マクドナルドは安い店という評価になり、価格を上げるとお客が減り赤字に陥る状況になってしまった。
このような状況で登場したのがアップルコンピュータ副社長の原田さんだ。マックからマックへと。
原田さんが最初にハンバーガーを食べたときに感じたことは「おいしくない」ということだった。作りおきしたハンバーガーをレンジで温めていたためにおいしくなくなっていたのだ。原田さんは、マクドナルドの基本はおいしいハンバーガーであることだという信念のもと、出来立てのハンバーガーを売る方式に半年でチェンジさせた。この結果、マクドナルドは安いまずいではなく、「おいしい」という評価につながった。その後、高価格のハンバーガーを提供して、顧客に評価され、コーヒーもおいしくなり、店もきれいになり、店員も一生懸命働きと成長続けている。
基本を貫き通す原田さんの考え方には私もそうしたいと思う。
私の場合は、検知の精度を高め、お客様に満足いただくことである。そうすれば、お客様は評価していただき、お客様の役にたつことができると思う。
がんばろう。
常磐線特急新型「ひたち」にのりました。
新しいため室内はきれい。あたりまえですが。乗りごごちがよく、スーパーひたちと比べるとゆれが少ない感じです。
座席幅も若干ゆったりしている気がします。
無線LANが使用可能ということなので、ノートパソコンで試しました。感度は良好ですが、残念ながらUQWIMAXに加入しないと接続できないので、ネットを試すことはできませんでした。各座席にはコンセントがあり、自由に電源を使用することができます。これは非常に便利。新幹線では各列ごとに1つなので隣の客に使わせてといわなければなりませんが、各座席についているので隣の人に迷惑をかけずにできます。
今後、新型ひたちを活用しようと思います。
ついに3月16日を迎えた。独立だ!
これからが大変だと思うが、なぜかうきうきしている。
これからが楽しみだ。
世界一の検知エンジンの開発。
顧客に信頼される製品にしよう。
家族も大切にしよう。
応援くださる人を大切にしよう。
応援団をふやそう。
みんなに役立つ仕事、頼られる会社にしたい。
よろしくお願いいたします。
今日は会社に行く最終日です。およそ14年間所属した会社ともお別れです。
これまで、入社してから
H-M社の仕事 1年目
H-H社の仕事 2年目
CADの変換ソフトの開発を行った。変換方法を自分で考えることができ、勉強になりました。
H-S社の仕事 3年目
お客様とのコミュニケーションについて勉強になりました。
H-L社の仕事 4年目
民製品の開発に従事できました。私が開発した製品が数百万台世の中に出荷されました。仲間(顧客)とともに開発できたうれしい製品です。仕事の時間は長かったです。東京でも3ヶ月仕事しました。
H-H社の仕事 2ヶ月間だけでしたが、L社に私を紹介した担当課長が私を認めていただき、雇っていただきました。しかし、あまり仕事がなく、自分からやめることにしました。
社内開発 6年目~現在
この期間はとても成長につながった期間です。世の中の経済の仕組み、仕事の仕組み、人とのかかわり方等を体で習得することができました。
まずは、釉薬のソフト。これはパソコンソフトですが、数年間発売できました。公的機関の関係者や陶芸家の仲間ができました。
その後ICタグ。
そして現在の画像認識。画像認識は今後も世の中で役立つ技術だと感じます。今では日本全国で導入が進み、役立っているようです。
この間に少しずつ会社と私の方向性が異なってきてしまったのかと思います。
これまで会社に育てていただきました。感謝にたえません。今後は自分の道を進みますが、何らかの形で恩を返していきたいと思います。
本当にありがとうございました。
L社の終了後に顧客が私を引き受けてくれ増